モンテディオJ1挑戦権逸
うーむ。モンテディオはまたJ1への挑戦権得る与わず・・・。まあJ1に来ると、レッズと戦うとき(KDMはあくまでもレッズサポではあるけれど・・・)、どうしても胸の痛い思いをしなければならないだろうとは思っていたんですけど(^^;)、やはり今年も駄目だったと突きつけられるとあまり気持ちの良いものではないわけで。
ただ、サポーターの数と意識(予算に直結する問題だし)、ハードの整備、ユースの整備と地域への浸透。J1に上がるにはまだまだやらなければならないことが多い。現段階では、準J1レベルの選手たちに試合のチャンスを与え、課題を克服し長所を伸ばし、また高いレベルへと活躍の場を移させるというチームでやっている方が良いと思う。そういうイタリアでいうところのプロビンチア的機能を持つクラブというのは「リーグ」の成熟には必要であり、モンテディオはここ数年の実績を見てもその役割をこれ以上ないほど立派に果たしていると思う。一線で活躍できる期間が短いサッカーという競技に関わるすべての選手たちとって、そういうチームは重要なのだ。大島、星などはJ1から声が掛かってもおかしくないし、レッズでは出番のなかった梅田もまずまずの働きをしていたようだ。
山形出身者として言わせて貰えば、何よりもまずサッカーを観る/やる文化がもう少し山形という土地に根付いてからでも、J1は遅くない。Jの理念は地域密着。あくまでもそこに立脚しなければ、一時盛り上がっても長続きはしないだろう。山形でお山の大将を気取る政治家とか偉い人たちにはそういう知識がない。山形交響楽団についても同様に思うのだが、山形は絶好の素材を活かす術を知らな過ぎる。中央の顔色を伺う根性が染み付いている気がする。
本日の音楽。
(1)DEEP RUMBA:「A CALM IN THE FIRE OF DANCE」(american clave)
(1)キップ・ハンラン率いるDEEP RUMBAのCDから、ハイラ・モンピエも参加した当盤を聴く。都市はあらゆるものを増幅し、加速する。そこでは諸々のオリジナルが無効となるが、それは膨大な蓄積と並列と混血によって行われるゆえに同時に種をぶちまける。都市の外からやってくる者にはそれがよく見えるし、また自らが種を放出するペニスとならなければ生きていけない。ロビー・アミーン&オラシオ・エル・ネグロ・ヘルナンデスに二人のコンガ奏者が絡んで作り上げる濃密なリズムに乗って、恐るべき密度の音楽が流れ出す。すべての亡命者のための音楽。武器そのもの。強靭な音楽だと思うし、アメリカの、というよりニューヨーク独特の音楽だと思う。キューバやヨーロッパ、南米からの渡航者のオリジナリティに依拠しつつ、また失われている。東京ではこのような感触の音楽は考えられない。


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