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2018/01/07

【CD聴くべ】武満徹管弦楽作品集(山田和樹盤)

武満 徹:
1. オリオンとプレアデス
2. 夢の時
3. 系図 - 若い人たちのための音楽詩 -
4. ア・ストリング・アラウンド・オータム
5. ノスタルジア - アンドレイ・タルコフスキーの追憶に -
6. 星・島(スター・アイル)
7. 弦楽のためのレクィエム

 菊地知也(ソロ・チェロ:1)
 上白石 萌歌(ナレーター:3)
 大田智美(アコーディオン:3)
 赤坂智子(ソロ・ヴィオラ:4)
 扇谷泰朋(ソロ・ヴァイオリン:5)
 日本フィルハーモニー交響楽団
 山田和樹(指揮)


武満徹は自身が単なる職業作曲家に留まらないアイコンであり、文筆やポートレイト、為人含めた総体が鑑賞の対象となっている側面があります。

そのせいか、生前親交のあった音楽家たちによる演奏がどうしても強いオーセンティシティを持っております。

大手レコード会社がそれらを繰り返し再発するのは至極当然なわけですが、そうした状況が武満徹作品の「クラシック化」を妨げているとも言えます。

「クラシック化」とはすなわちテクスト(=スコア)しかないことによる複数化。エクリチュールの効果。数多くの解釈が解き放たれることで「原典」が一義的なテクスト以上の、ほとんど制御不能な「深み」を遡及的に獲得すること。

再現芸術の豊穣はそこから生まれます。

世のクラシックファンがなんとなく識別している「現代音楽扱い」と「クラシック扱い」との差異は、極論すれば複数の録音・複数の演奏へのアクセス可否だけが理由である、と言っても過言ではありません。

聴き易さとかははっきりいって関係がない。それは慣れと聴き手の偏屈な権力意識の別名でしかないのですから。




そうした文脈でいえば、山田和樹&日本フィルによる武満徹管弦楽曲集は、武満徹本人との直接的な親交がない世代の指揮者によるまとまった録音として、武満の「クラシック化」の嚆矢となるものと言えましょう。

「まずスコアが、スコアだけがある」ということの自由さ、のようなものを感じずにおれません。

もっとも、小澤征爾・岩城宏之・若杉弘といったレジェンドたちの録音同様、日本のオケのかっちりしたアンサンブルと細くて金属的な音色が、武満作品には合っているなとも思います。ともすればソフィスティケイトされ過ぎてしまう後期武満徹作品も、良い具合の先鋭さで聴かせます。

(マーラーやブルックナーでは物足りなさにも繋がるそうした傾向も、武満演奏に関してはシックリ来てしまう辺り、もしかしたら演奏家よりも聴き手の耳の方がまだ「クラシック化」されていないのかもしれません。)

そこへ加えて、90年代に盛んに演奏・録音されていた頃よりもオケ全体のテクニックはやはり上がっており、ある種の余裕のようなものが「自由さ」を感じる一因でしょうか。

もともと前衛色の薄い「系図」や「ア・ストリング・アラウンド・オータム」ですが、そうは言ってもこれまでの演奏・録音ではやはりどこかギスギスした感触があったものですが、この録音ではまさに「クラシック側」の響きがします。やはり演奏者のテクニックが上がったことと無関係ではないように思えます。

無論、マエストロ・ヤマカズの解釈の確かさがあっての成果であることは言うまでもありません。



収録曲は「弦楽のためのレクイエム」を除くと後期作品が多いですが、マーラー全曲演奏というそれだけでもキツい仕事と並行していたことを思えば、その偏りも致し方ないところではあります。

EXTONのような特定レパートリーにしか興味のないキャラクタのレーベルに多くを望むのは筋違いかもしれませんが続編をお願いしたいところ。

是非60~70年代の作品も取り上げて欲しいです。てゆうか、DENONでプロジェクトを継続してくれないかな…。

とくに「ノヴェンバー・ステップス」、「アステリズム」、「地平線のドーリア」という、小澤征爾&トロントso盤という巨大な壁のある作品群。

これらのより若くより新しい録音による超克が「武満のクラシック化」には不可欠だと私は思っております。

「若手」と呼ばれる演奏家たちに是非トライして頂きたいテーマです。



それにしても、山田和樹さんの活躍は目が離せません。

今度SONYからブラームスのピアノ協奏曲全集の録音が出る模様。

オケはベルリン放送交響楽団。これはほんとに楽しみです。




2018/01/05

【CD聴くべ】ストラヴィンスキー「春の祭典」(バッティストーニ盤)

2017年に出た「春の祭典」はバッティストーニの最高傑作。

毎年のように名演・名録音が生み出されるハルサイですが、綺羅星の如きスター指揮者・一流オケの録音とも十分渡り合える特徴を持った名演・名録音だと思います。


バッティストーニの表現意欲はけして恣意的には感じられません。テンポ感自体オーソドックスで、変な揺らしはほとんどないですし、心臓が飛び出るようなバカげた音量で迫力を出しているような音でもありません。
(実演ではかなりの大音響だった、という評も目にしましたが、録音上聴く限りはそのようなことはありません。)

むしろ感じるのは楽器間バランスの絶妙さ。

若者がスコアを「こんなリズムもある!」「こんな響きもある!」「ここでこんなパートがあんなことを!」と発見していくような新鮮さを感じます。

「春のきざしと乙女たちの踊り」の弦、「祖先の召還」のティンパニ、「生贄の踊り」のトロンボーンや終結部分の弦。聴きどころが非常に多い。



そのような印象を助長するのが、オケと録音。

アンサンブルが整ったよく言えばシャープな、悪く言えば豊饒さや余裕のないピーキーな東フィルの響き。

ややもすればまとまり過ぎてやせ細って聴こえがちで、マーラーやベートーヴェンではその悪い面が出ちゃっていると思ったこともしばしばでした。

しかし、今回シャープさが「春の祭典」においてまったく欠点になっていません。それどこから、過剰なまでに細部を抉るバッティストーニの仕掛けをクッキリ映し出す効果を生んでいます。

加えてDENONの録音が相変わらずクリアでお見事。

曲と指揮者の解釈とオケと録音のキャラクタがぴったり一致しています。

これを私の場合モニター型丸出しのヘッドフォンで聴くわけですから、解像度の鬼みたいな音で聴こえてきます。物凄く刺激的な音響体験です。



併録の「ウェストサイドストーリー」はハルサイほどに刺激的な音響ではないですが、はじめて振る曲だったというバッティストーニの楽曲把握のセンスの良さみたいなものがビンビンに伝わってきます。

単純にメロディとその伴奏、みたいな一番眠たくなる解釈には陥らず「この響き、この動機を鳴らし切ることで曲が活きる」みたいなポイントをほとんど本能的に掴んでいるような生気に満ちています。

バッティストーニと東フィルの比較的初期のコラボレーション(確かマーラー「巨人」の前半のプログラムだったと記憶しています)ですが、ライヴで聴いた人たちが「凄い才能の指揮者が現れた!」と驚いたのも、こうしたセンスの良さ故ではないかと思います。



今回のハルサイは、個人的にはローマ三部作を聴いたときの感動を新たにしました。バッティストーニ&東フィルの録音プロジェクトは、しばらくこの近現代路線を続けて欲しいものです。

ロマン派や独墺物はもうちょっと響くオケの方がいいかな…と。

既発録音で言っても、チャイコフスキーとラフマニノフは東フィルで、ベートーヴェンやマーラーをこそRAI国立交響楽団で録音すればもっと面白いものが出来たかもしれない、と思えてきます。
(ラフマニノフも、東フィルとのライヴだった「パガニーニの主題による狂詩曲」の方がずっと良かった…。)

何度も同じこと言ってますが、東フィルと「シバの女王ベルキス」をセッションで残して欲しい。






さて、「春の祭典」は毎年のように注目盤・名演名録音が登場し、しかもどれも高水準という活況を呈しています。

最早ベスト盤云々を議論することが不毛なほどに充実した状況といえますが、2018年も早々にシャイー&ルツェルン祝祭管弦楽団、ウルバンスキ&NDRエルプフィルという期待の新譜の発売が控えています。

最近のDECCAのライヴ録音にはあんまり期待していないのでシャイー盤は一旦様子見ですが、ウルバンスキはゲットしたいと思っています。


【CD聴くべ】ウィンナ・ワルツ名曲集(アルフレート・エシュヴェ盤)

とある機会で、超小編成でシュトラウス・ファミリー/ニューイヤーコンサート関連の有名曲をいくつか演奏することがあり、その参考音源を探しておりました。

順当にいけばウィーンフィルのニューイヤーコンサートを漁れば良いのでしょうが、超定番曲だけを集めた年というのは基本的になく、一挙に集めようとすれば自然とベスト盤やコンピレーションになってしまいます。また、言うまでもなくざわざわしたライヴ録音が主です。


じゃあセッション録音で企画された、しかもデジタル期以降の録音がどれほどあるかと思って考えてみると、実はシュトラウス・ファミリーの作品集というのは選択肢が狭いレパートリーです。

で、あーでもないこーでもないと探しているうち、ちょっと前に1000円の廉価国内盤復刻シリーズにあったこの録音を思い出した次第。

指揮はヨハン・シュトラウスにそっくりと噂の(そうか?)アルフレート・エシュヴェ。もうなんか日本ではシュトラウス・ファミリーの音楽以外で一切名前を聴くことはない程にウィンナ・ワルツの専門家。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートはもう世界的なお祭りですしスターや大巨匠を招いて楽しく華やかにって感じですが、こちらはサロン仕様というか、どさまわり上等というか、必要最低限の編成でキッチリ演奏されています。

編成が小さいので細かいところまでちゃんと聴こえるため、参考としてはもちろん、鑑賞用にも結構新鮮です。

また2枚揃えば定番曲はほぼ網羅されるのでお得感あります。個人的には「ジプシー男爵」序曲も入ってれば言うことなしでしたが。

曲目は下記。演奏はいずれもアルフレッド・エシュヴェ指揮 ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団。

<第1集>
01喜歌劇「こうもり」序曲 (J.シュトラウス2世)
02ワルツ「わが人生は愛と喜び」op.263 (ヨゼフ・シュトラウス)
03ポルカ「雷鳴と電光」op.324 (J.シュトラウス2世)
04皇帝円舞曲op.437 (J.シュトラウス2世)
05アンネン・ポルカop.117 (J.シュトラウス2世)
06ワルツ「オーストリアの村つばめ」op.164 (ヨゼフ・シュトラウス)
07ポルカ「観光列車」op.281 (J.シュトラウス2世)
08トリッチ・トラッチ・ポルカop.214 (J.シュトラウス2世)
09ワルツ「美しく青きドナウ」op.314 (J.シュトラウス2世)
10ラデツキー行進曲op.228 (J.シュトラウス1世)

<第2集>
01ワルツ「春の声」op.410 (J.シュトラウス2世)
02かじ屋のポルカop.269 (ヨゼフ・シュトラウス)
03ワルツ「朝の新聞」op.279 (J.シュトラウス2世)
04ワルツ「天体の音楽」op.235 (ヨゼフ・シュトラウス)
05ピチカート・ポルカ (J.シュトラウス2世&ヨゼフ・シュトラウス)
06ワルツ「芸術家の生活」op.316 (J.シュトラウス2世)
07ポルカ「水車」op.57 (ヨゼフ・シュトラウス)
08ワルツ「南国のバラ」op.388 (J.シュトラウス2世)
09加速度円舞曲op.234 (J.シュトラウス2世)
10常動曲op.257 (J.シュトラウス2世)

それにつけても、ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の指揮者陣(エシュヴェの他には、ヨハネス・ヴィルトナーやマルティン・ジークハルト。あと、何故かフェドセーエフも結構振ってるらしい…)がニューイヤーコンサートを指揮したら、スター指揮者たちの演奏とどの程度違うのか(あるいは違わないのか)興味が出てきました。




2017/12/30

【オレコードアカデミー2017】新譜・旧譜関係なく今年出会ったもの部門④





【オレコードアカデミー2017】新譜・旧譜関係なく今年出会ったもの部門③




【オレコードアカデミー2017】新譜・旧譜関係なく今年出会ったもの部門②




【オレコードアカデミー2017】新譜・旧譜関係なく今年出会ったもの部門①




2017/10/23

【CD聴くべ】エルガー作品集(デュトワ盤)

中古良品を見つけてようやくゲット。

期待に違わぬ名演!

透明で美しく硬派な演奏で、エニグマのクライマックスの華麗さとトロンボーンのカッコよさは類を見ない程。

個人的相対的メインディッシュ(曲が好き&競合盤が少ない)は交響的習作「ファルスタッフ」でしたが、掛け値なしに最っ高。

デュトワももしかしてエニグマよりこっちの方が燃えてる?的に、出だしから凄い勢い。思わず漏れたウッウッというデュトワの鼻息が聞こえます(珍しい)。

その勢いでも透明な質感と抜けの良さがいささかも損なわれることがないオケの上手さ、高品質な録音。うっとりします。

変遷する楽想に、まるで演り慣れた定番曲の如くビビッドに反応するオケは見事の一言。全編でデュトワ指揮下のモントリオール響の機能美・運動性能を満喫。

入手出来てマジでよかった…。



デュトワがとくに有名とは言えないこの曲を録音対象に選んだのは、楽団との相性なのか他に個人的理由があるのか。。いずれにせよ興味深いですが「本場ものじゃないけど存在意義めっちゃある」みが見事に発揮されています。

例えばデュトワのガーシュインもR・R・ベネット編曲の交響的絵画「ポーギーとベス」が入っていて、存在意義めっちゃある盤になってました。結構狙ってる?

エニグマとかガーシュインとか、比較対象多いし多数決取った結果決定盤となることはないでしょうが、無二の魅力と存在感を放っています。

デュトワ&モントリオールsoの演奏・録音には、そういうポジションのものが多い気もしますが、実際そうした演奏が数多くあることがクラシック音楽の豊かさを支えているとも言えます。

ともかくこんな面白い演奏がカタログ落ちしてるのは勿体ないな、て話で、同コンビのチャイコフスキー第4と併せてタワレコ辺りで復活してくれないかと思っています。

ファルスタッフ単体であれば、下記でも聴けますが。


以下余談。

その1。

モントリオールsoは、最近出たケント・ナガノとの諸録音はライヴ録音が多いせいもあり、上手いとは思うもののモッサリ感が拭えず、往年のデュトワ&モントリオールso&DECCAトリオが醸すマジックの再獲得には至っていない印象。いいな~と思ったのはオネゲル&イベール合作の歌劇『鷲の子』くらいか…。

つかDECCAには力入れてセッション録音して欲しいです。マジで。



その2。

全国〇万人のエルガーファン、ファルスタッフファンにおかれましては、待望の新譜発売が控えています。アンドリュー・デイビス&BBCフィルの新録音!やったぜ。

2017/09/02

【CD聴くべ】チャイコフスキー、ドヴォルザーク弦楽セレナード(ベルグルンド盤)

80~90年代からクラオタだった人にとっては、ベルグルンドといえばシベリウス。シベリウスといえばベルグルンド。というイメージが強いのではないでしょうか。

パーヴォ・ベルグルンドが残した新旧3種のシベリウス全集はいずれも金字塔といえるものであります。長く決定盤の名を欲しいままにしてきたし、思い入れや愛着が強い、という人も多いはず。




しかし90年代後半以降、シベリウス演奏には名演名録音が多く、ベルグルンド新旧盤が必ずしも絶対的な地位にあるとは言えません。

(まぁ「往年の名盤」が愛着や思い入れを超えて尚、最新の演奏・録音に対してその地位を保つことが難しいのは、シベリウスに限ったことではないですが。最近のオケと録音はどれも水準が高いので。)

もっともベルグルンドのシベリウス交響曲全集3種のうち後半2種はデジタル録音だし、いまだにヘルシンキフィル盤やヨーロッパ室内管盤が一番だい!という人が居ても全然不思議ではありませんが。



私の場合はストゥールゴールズ&BBCフィル、ヴォルメル&アデレード交響楽団による交響曲全集が目下のところ2枚看板。それにRCAに残された(=LSO LIVEじゃない方の)サー・コリン・デイビス&ロンドン交響楽団の誠に漢らしい全集を加えた、この3組がフェイバリット。

他にもラトル&ベルリンpo、セナゴー、カム、ヴァンスカ新旧全集、オラモ&バーミンガム市so…と綺羅星の如き最右翼候補があって、選り取り見取りであります。


シベリウス演奏におけるベルグルンドは、オーケストラの洗練の歴史の記録という側面を含めて古典となったというのが私の見解。

フルトヴェングラーとかワルターとかいった巨匠の記録と同じように、日常的に楽しむよりは、「歴史」や「時代」を聴くような感触に近い。




しかし、ベルグルンドには未だに唯一無二といえる存在感の録音があります。

同じような演奏が正直見つかりそうになくて、似たようなキャラクタでより優れた最新の録音・演奏で印象を上書きできない…。そんな演奏・録音。

それが、これ。

・チャイコフスキー:弦楽セレナード ハ長調 Op. 48
・ドヴォルザーク:弦楽セレナード ホ長調 Op. 22
・パーヴォ・ベルグルンド指揮
・新ストックホルム室内管弦楽団
・録音: 14-15 July 1983, Stockholm Concert Hall, Sweden

チャイコフスキーとドヴォルザークの弦楽セレナーデ録音。

チャイコの弦セレ出だしから、冷え冷えとした空気感と透明な響きが広がり、美しさに思わず息を呑みます。

圧倒されてうっとりしているうちにドヴォルザークまで一気に聴き通してしまう。

とくにチャイコに関して言えば、この演奏・録音の感触を識って以降、ほかの演奏が芋臭くて聴けなくなってしまいました…。


このCDには80~90年代のBIS録音の、鮮烈で奥行きのある美質が詰まっていて、ザ・BIS、ザ・北欧という音がします。
(もっとも記憶が確かなら、BISではなく違うレーベルから出たものの移行再発だったような、、、?スタッフや機材が一緒だったのかもしれませんが)

粘り強く待てばどんな凄い演奏・録音でも出てくるのがクラシック業界の凄いところではあるとはいえ、これほど北欧の美質を全面に出したチャイコフスキーやドヴォルザーク演奏がそうそう出てくるとは思えません。

いまの自分にとって「ベルグルンドといえば?」「チャイコの弦セレ!」なのであります。

2017/08/11

【CD聴くべ】エルガー作品集(ポール・ダニエル盤)&交響的習作「ファルスタッフ」を含む管弦楽作品集(フィオーレ盤)

最近油断するとエルガー音源がどんどん増えます。

最後にベートーヴェンのCD買ったのがいつだったかすぐには思い出せない(アファナシエフのソナタ集かな?)一方、エルガーのCDは毎月のように増えている気がするほど。

以前からエルガーは好きでしたが、本格的に火が付いたのはオラモ&ロイヤルストックホルムsoの交響曲録音@BISです。

パワフルな金管を誇るロイヤルストックホルムsoを駆ってエルガーのヒロイックで劇的な側面を、北欧的な静謐な表現で超然として自若な側面を、それぞれ極端に拡大してみせたオラモの演奏は衝撃的でした。

その衝撃が、自分にとってのエルガーを「多くの好きな作曲家のうちのひとり」という位置付けから「最も重要な作曲家のひとり」にジャンプアップさせたのでした。

一度その幅広さに気付くと、もう病みつき。しかも、沸いた興味に任せて作品をいろいろと聴くに、どれもこれも名品揃い。

好みや相性の問題は当然ありますが「なんかこれはイマイチかも」と感じる作品がほとんどありません。
(自分にとっての「最も重要な作曲家」グループになる大事な要素。掘れば掘るほど魅力が増す、という。)




好事家の評をつらつら読めば、「小品の人」みたいに書かれていることも多いエルガー。

確かにエルガーが生み出すメロディはあまりにも美しく、建築や長編小説に喩えられるような爛熟した後期ロマン派クラシック音楽の作品とは印象を異にするのは分かります。

しかし自分の感覚ではむしろ、デカい編成でダイナミックに勇壮にやればこそ、そうした美しさが映えると思います。お国柄か、ブラスも結構鳴るし(つか鳴らして!)。

例えば、たまにドラクエとかファンタジーRPG系のカッコイイ音楽が無っ性に聴きたくなる、そんな気分のときがあるものですが、自分の中でそんな気分にぴったんこ(死語)なのがエルガー作品(とくに管弦楽作品)なのです。

そこでストレートにドラクエ聴こかって話にならないのは、なまじクラヲタ耳にはゲームの劇伴は一曲が短くて味が濃く、すぐに飽きがくる割に食い足りなさがあるから。

いわばクラヲタ仕様のドラクエ音楽。それが自分にとってのエルガーの管弦楽作品といえるかもしれません。(それかシベリウスの交響詩ね)



閑話休題。

エルガー作品の録音に関して語り始めたら正直切りがない私なのですが、とりあえず2題ほど。



ひとつは「こういうCDをカタログと店頭に常時ストックしておいてよ!」と強く思う、ポール・ダニエル指揮ロンドンフィルによる録音。

レーベルはSONYでメジャーレーベルですが、90年代終わり頃に録音されUKローカルで発売されたものではないかと思います。それが数年前に再発されて、私のアンテナに引っ掛かりました。

「序奏とアレグロ」「弦楽セレナード」「エニグマ」「威風堂々第一番」と、エルガーの世界への扉を開くのに最高のカップリング。

もちろんどれも人気があって録音にも恵まれている曲たちで、CDショップに行けば名盤・名演が労せず手に入ります。

しかし同時に交響曲やチェロ協奏曲のように、内容最高だが晦渋で渋い曲とのカップリングが多い曲たちでもあるのも事実。

「エルガーも聴いてみたいな」と思う老若男女がまず手に取るCDとしては、このCDのカップリングが一番だと思います。こういうCDをこそ、廉価・ミドルプライスのベスト100シリーズとかに常駐させて欲しいものです。

なんといっても演奏が見事。

ロンドンのオーケストラの強靭でマッチョな金管の響きがエルガー作品には本当によく合います。録音も編集も万全で言うことなし。




そしてもうひとつがなかなか「これ」といった録音に巡り合えなかった交響的習作「ファルスタッフ」について。

「愛の音楽家エドワード・エルガー」HPの記述によればエルガー自身大変気に入っていたという本作ですが知名度も人気もいまいち。録音もエルガーの管弦楽作品としてはかなり少ない曲です。

ファルスタッフという題材にはジュゼッペ・ヴェルディの超名作オペラがあるせいか、霞んで見えちゃうのでしょうか。

しかし私はこれが大のお気に入り。

ごちゃごちゃしてないシンプルなオーケストレーションだけど凄くよく鳴るし、ユーモアやペーソスを含んだ音楽ですが高潔さを失わない名作です。

例えば同様に物語性が強いリヒャルト・シュトラウスの交響詩辺りが、ストーリーや描写以上に、そのあからさまな超絶技巧団体芸がややサーカスじみて感じられるのに対して、題材と音楽だけがある、という充実感。
(リヒャルト作品の演奏って、正直オケが無事に演奏出来るかどうかがまず気になっちゃって、落ち着いて聴いてられないんですよね…。エルガー作品のスコアが簡単だともけして思いませんけども。)



録音については本命(と勝手に期待している)のデュトワ盤はプレヴィンの威風堂々とカップリングでアニバーサリーイヤーに再発されましたが絶賛見送り中。なぜなら普通にエニグマとのオリジナルカップリングのが欲しいから。

別にプレヴィンの威風堂々が悪いとかじゃなくて、デュトワ&モントリールsoのエニグマ「も」超聴きたいのだーって話。

中古良品を探しつつ、再発されるのを待っている状態であります



他に現在比較的入手しやすいものとしてはNaxosのロイド=ジョーンズ指揮のイングリッシュ・ノーザン・フィルハーモニア盤があります。

しかしこれはオケの実力不足が随所に出てしまっています。とくに金管が音を外しがちなのが気になります。

更に何か良い録音はないかと探してNaxos Music Libraryで巡り会い、いま私がファルスタッフのファーストチョイスとしているのが、ジョン・フィオーレ指揮ミュンヘン放送管弦楽団盤。

シェイクスピアに題材を求めた管弦楽作品を集めた一枚で、エルガーのファルスタッフ以外に、ベルリオーズ歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲とドヴォルザーク序曲「オセロ」を収録。

これは録音も演奏も万全。素晴らしいです。ドヴォルザークの「オセロ」も好きな曲なので(銀英伝で使われてたから・笑)、個人的に大満足。

エルガー作品のカタログを10~20年単位で更新し続けているCHANDOSが、サー・アンドルー・デイビスかエドワード・ガードナーと組んで新録音を出してくれるんじゃないかとも思います。期待を込めつつ今日もフィオーレ盤を楽しむのであります。

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